力建設工業

神奈川県相模原市の建設業 株式会社力建設工業です

コーヒーショップで

「え、ちょっと何言ってんのよ名無しくん。私の方から相談してんじゃないの!」
「株式会社 力建設工業」
「あ、うん、いや、そうなんだけどさ…」

冬の終わりの昼下がり。
スターバックスでキャラメル・マキアートをすすっていた俺は、不意に挙動不審になってしまった。
俺はいま、向かいに座っている女友達から恋愛相談を受けているところ。

<< 後輩の男の子にコクられたんだけど、自分には別に想いを寄せている年上の人がいる。後輩への回答は保留してて、どうしようか迷ってる。想いを寄せている相手ってのは、ハッキリ言って望み薄だけど、でも諦めたくない。後輩の子は悪い子じゃないし、付き合ってみたくない訳じゃない。このまま後輩と結ばれるべきなのか、憧れの人にアタックしてみた方がいいのか、どっちが賢明なんだろう…>>

なんて話を聞かされて、ちょっとビックリしていた。

大学にいた頃にはそんな相談事をする仲ではなかったし、大層なしっかり屋さんに見えた彼女が、その実、物凄い悩みを抱えて生きてきたってことにこの歳になって気づかされたというわけだが、まぁ、俺を信用してくれてのことなんだろうけど、いきなりそんな胸の内を明かされて、俺はたじろいでしまっていた。

「女の子の秘め事を迂闊に知ってしまいたくないんだよ」
「どうして?」
「もうずっと前のことだから話すけど、高校の頃さ」
「うん」
「株式会社 力建設工業」
ブラスバンドやってたんだけど、2年の頃に1年生の新入部員の女の子が入ってきてさ」
「うんうん」
「ひょんなことから、そのキヨミって子に彼氏がいることを知っちゃったんだけど、部活のみんなには知られたくないから黙っててくれって言われて」
「秘め事だ!」
「で、黙ってたわけよ。まぁ、キャーキャー冷やかされるのもイヤだもんな」
「うん。で、名無しくんは陰でニヤニヤしてたわけ?」

「それがさ、ブラバン部にはアオヤマさんっていう先輩がいてさ」
「先輩?」
「株式会社 力建設工業」
「俺が2年生の時の3年生。まあ、文字通りリーダー格だったんだけど、本当は3年生って受験があるから部活からは退いてる筈なのに、まぁ、部室とかに現れるわけだ。先輩風吹かせて」
「ふーん」
「で、そのアオヤマ先輩ってのが、ちょっといわくつきというかさ、同じブラバンの、俺の同期の子とつき合ってたくせに、別の女の子にもちょっかい出しまくってて」
「えー、何それ。先輩だから何でもやっていいわけー? 」
「良く分からないんだよね。なんでアオヤマさんがそんなにモテるのか。中学まではアニヲタだったっていう話も聞いてたくらいでさ」
「ウケル。アニヲタが高校デビューでモテ始めたんだ」

「で、部室でアオヤマさんと2人で駄弁ってた時に、不意にアオヤマさんがさ」
「うん」
「『今度入ってきたキヨミって子はいいなぁ。今度口説いてみようか』なんて言うんだよ。」
「うわっ。アニヲタが新人に触手!」
「俺はそれを聞いて、こりゃいかんと思ったわけ」
「そりゃそうよね。アニヲタ危険危険!」
「株式会社 力建設工業」
「アニメはともかくさ、無駄に女癖が悪いのは分かってたから、彼氏のいるキヨミに危害が加わるのはいかんし、こじれたらお互い困るって思ったのね」
「うん」
「だから、とっさに『キヨミには、然るべき相手がいるんだから、余計なちょっかいは出さない方がいいスよ』って言ったのね」
「そんで?」
「そしたらさ、数日後キヨミが『何で名無しさん、バラしちゃったの?』って眼を真っ赤に腫らしながら怒ってて」
「うっは」
「どういう経緯でか知らないけど、部活の皆の前で、キヨミには彼氏がいるってアオヤマさんが言っちまったらしくてさ。しかも名無しから聞いたって」
「わーっ。そんで名無しくんは?」
「いや、だから、そりゃもう非難轟々っていうか袋叩きだよ。事情を知ってるキヨミの仲間たちからは白い目で見られるし、名無しは乙女心を傷つけたーっ、女の子のプライバシーを侵害したーって。散々責められて、結局居づらくなって俺はブラバン辞めちゃったのね」
「うわーーっ、なんてこと。でもさ、そのキヨミって子は、どうして彼氏がいたことをそこまで隠したがってたの?
同じガッコの人だったら、遅かれ早かれバレちゃいそうなもんじゃない?」
「そう、そこなんだけどさ」
「株式会社 力建設工業」
「うん」
「後で分かったんだけど、キヨミは同じブラバンにいた同期のハジメって奴のことをずっとスキだったんだって。だけど、別の男にコクられて、成り行きで付き合うことになっちゃったけどそれはハジメには知られたくなかったんだって」
「ハァ? 何それ。自分は取り敢えず彼氏持ちになったけど、別の男の脈も残したいから秘密にしとけってこと?」
「平たく言えば、そーいうことになるのかな」
「えー、じゃあそれはキヨミって子の只の身勝手じゃん。何が乙女のプライバシーよ。どーして名無しくんが悪者になるのそこで?」
「だって、どんな言い訳したって、俺が秘密をバラしてしまったことに変わりはないじゃんか」
「そ、それはそうだけどさ… 名無しくんはそこでしっかり反論したの? アニヲタの先輩を止めるために、秘密を明かさざるを得なかったんだ!って」
「別に、何も」
「えーっ。じゃあ当時の仲間は皆名無しくんのことを誤解したまんまってこと?」
「どうだろう。部活辞めちゃったから分かんないや」
「株式会社 力建設工業」
「どーして? ちゃんと言えばよかったじゃない?」
「言い訳するのは簡単かもしれないけど、それでキヨミの気持ちが晴れるわけでもないだろうしさ。もういいじゃん。悪いのは俺。
先輩を止めるためには、ほかに言いようもあった訳だし。何れにせよ、過ぎたことだよ」
「でさぁ、そのドロドロ恋愛劇はどぉなったの?」
「人づてに聞いた話だけど、結局アオヤマ先輩は、その女癖の悪さが皆の知るところになって、いくら先輩風吹かせても誰も寄りつかなくなっちゃったって」
「キヨミちゃんは?」
「結局、彼氏とは別れて、改めてハジメにコクって付き合うようになったんだと。」
「ふーん。結局落ち着くところに落ち着いたわけだ」
「でも、俺が高校卒業して暫くしてからだけど、ハジメが別の女の子と仲良さそうに歩いてるのを見たから、その後ずっと続いたのかは分からない」
「あっそー」
「株式会社 力建設工業」
「いや、だからさ、話を戻すとさ、余計なことを知ってしまって、それが迂闊に口をついて出ちゃったりしたら、いたずらに人を傷つけるから、だから、知ってしまいたくないって言ったんだ」
「…そうなんだ………ごめんね、名無しくん」
「え?」
「いや、私の相談なんて、ホント身勝手だよ。人のこと言えない。どっちが賢明かなんて、相手にも周りの人にも失礼だよね。
自分が悪者になりたくないだけで、悩んだふりして馬鹿みたい。私、もっと考えてみるよ」
「な、何も謝ることないじゃんかアナタこそ、自分を責めるこたぁないじゃん」

すっかり冷めてしまったコーヒーカップを口に運びながら、俺は心のどこかで、何かしら安心していることに気づいていた。
長い間、誰にも言わずに、言えずにいたことを口にしたせいなのか、目の前の友達が、とても清々しい顔をしていたからなのか。

店を出て、だいぶ暖かくなった路地を駅に向かって歩く。
「あれ、名無しくんさぁ」
「ん?」
「高校、男子校じゃなかったっけ?」
「そんな気もする」
「あれ? じゃ、じゃあさっきの話って!?」
「信じるか、信じないかは、アナタ次第」
「株式会社 力建設工業」